第1話 勇気をだして 97 10/1 更新
お互い分かり合おうとしてことばは交わす
知らない町。旅の途中で、出会った畑仕事のおばさん。一言二言ことばを交わす。初めて耳にするお国訛りにちょっと戸惑い、聞きかえす。

「すみません、今、何ておっしゃいましたか?」

「この辺は2月の終わりにはツ・バ・キが咲くって言ったんですよ。」

「ああ、そうですか。ツバキって上がって下がるんですね。私の田舎じゃ平坦で。」

こんなちょっとした会話のお陰で楽しい旅になりそうな予感がします。

さて、さて質問です。ここで私たちは、なんで相手の話しが聞き取れなかったんだ、と自分自身を 恥ずかしく思うでしょうか。あるいは、標準語のアクセントで話せよ、と相手を責めるでしょうか。絶対無い とは言いませんが、お互い分かり合おうとしてことばを交わすのです,その可能性はとても低いのではないでしょうか。

ところが、使う言葉が英語となるとどうでしょう。前もって頭の中で英作し、繰り返し確認を済ませ勇気を出して話しかけてみた。何と!異人さんはチンプンカンプン理解してなさそうだ。恥ずかしい。顔から火が出そう。ドキドキ心臓も飛び出しそう。その場から走って逃げ出したい。「なんて愚かな自分なのだ。中学高校大学と、そうだ、俺はいい大学に入ったんだ。文法得意なんだ。過去完了も仮定法も解る。( )にちゃんと前置詞入れられる。成績良かったから名前はいつも廊下に張り出されてた。なのに、なのに!!!」

こうなると次のことばは出てきません。どれだけ易しい言葉で話しかけられても黙ってうつむいたまま。震える口元に何とも言えない笑みを浮かべ目から涙が流れそう。とうとう貝のように口をつぐみ「英会話」をギブアップ。こんな最悪シナリオを敢えて選択してしまいます。

先程のキーワード「ツバキ」を思い出してみましょう。実はほんのちょっとしたアクセント・発音の違い。ただそれに慣れていないという理由だけで、文全体が理解できない。こんな悲喜劇は日本人同士(特に夫婦)の間でも頻繁に起こります。自分を責める前にもう一度大きな声で話せば言いのです。聞き返せばいいのです。

「その日の為に」楽しく準備をしましょう。このコーナーでは、従来の発音教室とは少々違った"現場たたき上げ"の切り口で、「英語発音物語」を連載致します。読者の皆様とより良いページに育てあげたいと思います。どうぞ宜しくお願いします。

著者拝

 

第2話 [TH]の音 97 10/15 更新
舌はヤスリ、歯を研ぎ澄ます
“ありがとう”の感謝の心を表わす“Thank you.”に取り組んでみましょう。

まずは[TH]。この音は中学生になると日本中で「舌を噛んで」出すように、と発音の仕方を教えてもらいます。私もそう指導していただいたことを記憶しています。そしてそのやり方で何とかよい音を出そうと練習もしました。が、どうもうまくいきません。この何十年と続いた指導法の「常識」こそ実はみんなを苦しめる「非常識」であることを今日ご理解いただき、明日からは明るく楽しい「発音生活」を送っていただきたいと思います。

さて、音の正体は、何かと何かがぶつかり合ったときにできる振動です。これは神の作られたルール・自然科学ですので気持ちよく従ったものにのみ勝利の女神は微笑みます。この観点から音声も見てみましょう。

舌の先を噛むと舌と歯がこすれたりぶつかり合ってある程度の振動が起こります。でもこれだけでは人の耳には聞えませんので音に昇格させるために、つまりもっと大きな振動を起こすために手を加えなくてはなりません。助っ人が必要です。それは何かというと、「パワフルな息」と「舌の動き」です。これらが揃ってはじめて[TH]の音が出来上がります。神の摂理に合致します。

では、舌の先端を上下の歯で噛んだとして、息はどこを流れるか?まさか舌の下(駄洒落になりました。^_-)は通りませんね。咽喉から出てきた息は、当然舌の上を進みます。その流れを「噛む」わけですので、力の入れようによっては息の通り道を徐々に圧迫し、とうとうフタをしてしまうことになります。これでは「ものとものがぶつかり合って振動する」ことは不可能です。つまり平たく言うと、音は出ない。なのにそれで音を出せ、と指導する・・・。

オー、何という悲劇。噛めば噛むほど音は出ない![TH]は「舌を噛んで出す」ように、と指導を受け、律義に、まじめにその操を守ってきた人々はどんどんどんどん下手になる。上達なんてしようはずがない。嗚呼、これがこの国の現状なのです。(ちょっと大袈裟?)

さあ、「噛む」という意識をなくしましょう。下の歯の出番はまったくないのですから。大切なのは舌の先の方と上の歯の先端。噛むかわりにそぉーっと「あてがう」。今日からはこれでいきましょう。

[TH]の音は舌の先と歯の先端が触れているその隙間を空気、つまり息が流れることによって作り出される音です。

では、そうするための「現場たたき上げ」テクをお話しします。

[TH]の音を出す際のイメージ、つまり刃物である「歯」をやすりの舌で鋭くすばやく削る、尖らせる、を頭に描きましょう。位置に着いてー、ヨーイ、で舌の先の部分を上の歯の先端にあてがう(このとき鏡を見てください。舌の先がちょこっと覗いてますか?少々出てきてる方が最初は音が出しやすいですよ。)ドンで舌の先を一瞬のうちに口の中に引き戻しながら歯を削る。このとき「唾」を飛ばしながら「強い息」を吐き出す。舌の先にO157の菌が付いていてそれを吹き飛ばすイメージです。

如何でしょう?

30回くらい練習されるともう立派に[TH]が出せます。がんばってください。

折角、中学・高校・大学と英語を学習するのです。実は、我々日本人には相当の英語力が備わっています。単語の量も、文法も。なのに発音ができなけりゃ残念ながら伝わらない、なんとも情けない悲しいことです。

まず一言から始めましょう。徐々に自信をつけて、そしてインターナショナルな生活をエンジョイできるまでにがんばりましょう。

著者 拝

 

第3話 母音について 97 11/1 更新
「あ」にもいろいろありまして
[th]の音はいかがでしたでしょうか?発音ブラッシュアップに少しはお役に立てたでしょうか。ご意見ご感想を頂けたら幸いです。

今日はその後に続く大切な母音[a]の音を吟味してみましょう。この音のかな表記には通常「あ」が当てられています。が、日本語の「あ」のままで何とか済ませようとするとカタカナイングリシュの域を出ることはできません。そればかりか後述する誤解のもとにもなりかねません。どうにかして3〜4種類くらいの区別を身につけたいものです。

実は、発音をマスターしていく過程では「バ」と[va]のように日本語の音と英語の音との発音方法がある程度かけ離れていると、最初はとっつきにくいのですが、後々かえって難なく使い分けができるようになります。ところが「あ」と[a]あるいは「わ」と[wa]のようになんとなく似通っていると、極力区別すべき音すら、ついつい平気な顔で日本語の類似音を代用してしまうのです。

たとえば Thank you.で使われる a の音は[あ]というよりは[や]に近い音です。father で使われる a はビルから転落するときに出しそうな目一杯の[あー]ですし table の a はアルファベット読みをします。他にも似てそうで似てない音が出てきます。十人十色、日本人にもいろんな「アーイーウーエーオ」があるように英語を話す人の中にも違いがあります。完全な標準なんてどこにもないのですから、それを求めることは不可能です。大切なことは、はっきりと区別できる安定した自分なりの音を身につけるということでしょうか。

こんな風に考えてみましょう。日本語のアーイーウーエーオの「ア」の中にいくらか違った「ア」の「親戚の音」がある。我々日本人にはその「親戚」たちはみな同じに見えるけど、当の「親戚」間でははっきりとした区別がある。「ガール」「カップ」「マップ」「パーク」等々。これらは日本語の世界ではみな「あ」ないしはそれを「ただ単に伸ばした音」が用いられますが、英語の世界ではそれぞれが異なった音として使われます。この区別を無視するととんでもないことが起こる可能性があります。一つの例としては、昨今普及しているファックス。これは fax の a に「あ」をに当てはめていますが、英語圏の人々の前では絶対使わないで下さい。ここでの「あ」はほとんどネイティブ。ぴったりの fucks となってしまいます。

立場を代えてみましょう。どこかの国の人が日本語のアーイーウーエーオをみんな「エ」で代用したとすると「あなたはいい人ですね」が「えねてへええへてでせね」となります。「あ」を使ったとしたら「あなたはああはたださな」理解の範囲を超えてますね。何がなんだかわかりません。もし「あ」と「い」の2種類が大丈夫だと「あなたはいいひちだしな」おやっ、これに表情とジェスチャーが加味されるとちょっとは伝わりますね。やれやれ、我々の英会話も実はこれに近いことが起こっているわけです。

では、本論に戻りましょう。Thank you. の a は前述しましたように勇気をだして「や」に置き換えましょう。ここがややこしいところですが完全な「や」ではなく「や」よりの「あ」ということです。猫は cat 「キャット」です。これは最後の「T」さえ気をつければほとんど日本語の音でOKです。よく見てください、この中にちゃんと小さい「ャッ」が入ってますね。これです。この音を拝借しましょう。

マップは「ミャップ」です。Thank you. はカタカナで書くと「シャッンキュー」おっと「シ」は[THi]ですのでお間違えなきよう、お願いします。何、サンキュウじゃないの?こんなの恥ずかしくて話せない・・・。なんて言わないで、それを乗り越えていって下さい。何度も何度も繰り返し練習して下さい。「(ア+ヤ)÷2=やに近いあ」が出せる日、明るい未来が待っています。

筆者 拝

 

第4話 発音習得について 97 11/15 更新
技術の習得は現場たたき上げ
第4回になりました。「何で重箱の隅をつつくようなことばかり書いてるの」と言われる“あなた”。まったくその通りです。カタカナ英語であろうと、ブロークンイングリシュであろうと「買い物してたら何とか通じた」という話はよく耳にします。が、本当にそうでしょうか。

買い物だったら 商品を指差しながら How much? 。 帰り際に Thank you. これだけ言えてクレジットカードさえ用意すれば何の支障もなく「通じた」ことになります。海外旅行から帰って「日本語だけで大丈夫だった」と大喜びの人に限って、現地ではどちらかというと日本人向けの特殊な点と点、ここでは日本語でも通じるわけです、それらをつないだ団体旅行を、かなりの割高で味わってこられています。残念ながら買い物用のアノ二言以外は、ちょっとした応答もできなかったのではないかと拝察します。

通じることと発音は関係ない、とおっしゃる方もいます。本当でしょうか。TVその他マスメディアからの情報を含め、筆者の微々たる体験から断定するのは非常に危険ですが、通じるvs発音という切り口で片方だけが見事に突出しているという方にお目にかかったことはありません。車の両輪。多少のちぐはぐは認めますが、それぞれに相応のバランスが取れています。二つに一つという主張は現実味がなくあまり説得力もありません。

さて、何かを身につける場合二通りの道があると言われています。一つは、まず全体をつかんでから部分へ目を向けていく方法。他方は部分から全体へと積み重ねていく方法。

前者は知識の習得には向いているかもしれません。小学校で歴史を概観し、中学で少し詳しく、高校でもうちょっと掘り下げて・・・というふうに全体から部分に向かうことは効果的な学習方法だということは容易に理解できます。

ところが、技術の習得となるとそんなわけにはいきません。これは職人の世界です。つまり後者に属する習得過程が不可欠といえます。徒弟制度を思い起こしてみましょう。たとえば大工さん。工作機械が進歩して砥石で研ぐ技術がなくても替え刃で代用できる時代かもしれませんが、やはり金槌で釘を打つ、キリで穴をあける、寸をきる等々。部分の技術が結集して初めて全体としての家が完成します。図面をひくのは知識主導でしょうがそれを形に整えるていくのは技術・技能という別の能力です。

 英語を話すという技術は、現状の( )に前置詞を入れて100点的な知識の学習とはまったく別の次元の「現場たたき上げの職人的な技能」を必要とします。この点を見落としてはなりません。

 単語を覚える、英作する、文法で文脈を解釈する。これは知識の領域です。しかしそれを音にして誰かに伝える作業は純然たる技術の世界の出来事です。話すためには話すための技術が必要なのです。

 一例として、母語環境にある赤ちゃんはひたすら聴いて聴いて聴いてやっと発語して、変な音から徐々に正しい音に改めていきます。「うぶ」「まっぶ」「ちゃあ」から始まり「じじたー」「わんぷんむー」と進むわけです。何とかコミュニケーションをとれるようになるまでには推定概算2万〜3万時間という気の遠くなるような地道な努力を要するわけです。ここでは知識と技術の修得のための訓練が混然一体となってある種の均衡を保ちながら繰り返されています。

ところが、英語を外国語として学習しようとする日本に住む我々が3万時間をリスニングに費やすことは事実上不可能です。どうやら母語環境に育つ人々とは違ったアプローチを見つけ出す方が得策のようです。

ではどうするのか、私は次のようなシナリオを考えています。まず、小学高学年で音声指導を受け始め、本当に簡単な英語表現に出会あっておく。中学になると教科書で徹底的に発音を身につける。個々の音、音と音とのつながりや干渉のしかた等々、会話すべてに登場する音のバリエーションは中学レベルの英語で100%訓練できます。ここで身につけた音の技能は一生の宝です。そして高校。奇麗な発音とイントネーションで受験勉強をこなしながら語彙を増やす。その後、大学に入るころには世の中、実社会に関心を持ち始める。新聞を読む。友と語らう。人間として自分を深めていく。つまり話す内容を一生懸命貯える。そしてそれを日本語であるいは英語で表現する。

俺は高卒で20歳超えてるからもうだめなのかい?といぶかしく思われるあなた、そんなことはありません。目標もってそれに向かう地道な努力を重ねれば必ず進歩していきます。大事なことは進歩させるということです。一人一人が向上すれば日本の力は以前に増して高まります。スタートを切るのに遅すぎるなんてことはありません。

 さあ、一音ずつ身につけましょう。部分の技術を結集してコミュニケーションという素敵な家の完成を目指して。

筆者 拝

 

第5話 [F]の音 97 12/1 更新
上の歯で下唇はかめません
この項からは[F]と[V]の音について考えてみましょう。

[F]は普通よく上の歯で下唇を噛んで出しなさい、と指導を受けます。私も中学生の頃そんなふうに教えていただきました。しかしこの指導こそ非常識な常識。日本人の発音下手を生み出した根源だと、私は憤っています。事実私自身が犠牲者の一人です。そのイメージで奇麗な音を出そうと一生懸命取り組んではみましたが、なかなかうまくいきませんでした。

それだけではありません。何年も費やしてなんとかまともな音を出せるようになって、その後、教える側の立場に立ったとき、再び大きな壁にぶつかりました。学習者たちは、私がそうであったように例の「上の歯で下唇を噛んで出す」という説明ではなかなかうまく[F]の音が出せなかったのです。

悩みました。さまざまな機会を生かして、アメリカ人、イギリス人、オーストラリア人、そして外国語として英語を使うアジア、アフリカの人々にも「あなたはどのようにして[F]を出してますか」と質問を繰り返しました。

しかし、これで苦しんだ、研究した、その結果開眼した、という人には出会えませんでした。中にはあれこれ説明してくれ人もありましたが、その説明に感銘を受けられないのです。「なるほどこうするのか!」とすっきり納得できる表現を見つけたかったのですが、残念ながら、そうはいきませんでした。

「困ったときは、悩んだときは原点に返ろう。」私はトラブルと必ず原理原則に戻りそこからもう一度問題解決に努めることにしています。ありがたいことにわれわれ人間には神の創りたもうた自然の摂理があります。そこから音を考え直そうと思いました。そしてある日、頭蓋骨のイラストを頭に描きました。疑問は一挙に解けました。コロンブスの卵でした。上の歯で下の唇を噛むことは物理的に不可能であることに気がつきました。「何を言ってるんだよ。チューインガムも噛むし、悔しいときには誰だって唇を噛みしめるじゃないか。」とお考えになるのは至極当たり前のことです。実際上の歯で下唇を噛みしめています。いやしかし厳密にはそう感じているだけなのです。

なぜそう断定できるか、答えは簡単。上の歯は頭蓋骨に付いています。上の歯を動かすためには頭を上下させなければなりません。我々が噛みしめていたと思っていた上の歯はまったく動かず、下の歯つまり顎が上下しているのです。人間は上の歯でものを噛んではいない、ということに気が付いたのです。

唇を噛むとき、我々は下の唇を下の歯に巻き込みじっとしている上の歯に押し付けていたのです。さあ、この神の作られたルールに従って[F]をイメージしてみましょう。あっという間に発音できるようになります。

        著者 拝

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